対象のかたちを写し取ることに捉われない抽象表現を追求した画家・清川泰次(1919-2000)。清川は油絵をはじめた頃、同時に写真にも強い関心を抱きました。慶応義塾大学経済学部在学中は写真部に所属し、イコフレックスやライカなどのカメラで出身地の浜松や東京、国内の旅行先、家族、友人などを撮影しています。5,000点を超えるフィルムのほか、カメラの性能や撮影技法を細かくまとめたアルバムや技法書などの旧蔵書も残っており、当時、清川が大変熱心に写真を勉強した様子がうかがえます。
また清川は、1950年代に訪れたアメリカやヨーロッパ、アジアなど、海外の街並みも撮影しました。まだ珍しかったカラーフィルムを用いて撮られた写真も多く、海外の様子を伝える資料として子ども向けの学習誌につかわれたこともありました。雑誌『アサヒカメラ』1955年2月号では、清川がパリで撮影した、画家・藤田嗣治(1886-1968)のアトリエ内の写真が表紙となっています。
清川は写真家として活動したわけではありませんでしたが、対象が端正に美しく捉えられた数多くの写真は、昭和の人々や場所の記録として、またひとりの撮影者の表現として貴重といえるでしょう。当館では開館以来、作家の生前にはほとんど知られていなかったこうした写真を、撮影年代や被写体をはじめ様々な切り口でご紹介してきました。本展では、時代背景やこれまでに当館で開催した写真展をふまえ、いま清川の写真をどのように捉えられることができるか考えます。